自分軸と調和は両立できる|インナーチャイルドケア通信
ICCM Newsletter – by Yoko Mori
Letters on Inner Child Care Method®
この記事について
※この記事はメールマガジン「インナーチャイルドケア通信」で配信した内容を掲載したものです。
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「他人軸をやめよう」とか、
「自分軸で生きよう」とか、
よく聞きますよね?
でも、周囲の目を気にする人は、こう思うんじゃないでしょうか?
「自分軸なんかで生きたら、人に迷惑がかかるじゃん」
今日は、その誤解を解いていこうと思います。
お世話になった上司が退職するので、送別会があります。
もちろん感謝しているし、お礼は伝えたいんだけれど、飲み会は苦手。
こういうシチュエーションってよくありますよね?
こういうとき、周囲の目を気にする他人軸な人は、こう考えます。
「飲み会嫌だな。
でも、お世話になったし、行かないとまずいよね。
行かないとか言ったら、非常識な人って思われるよね。」
すぐに「行きます!」と言えずに、
「行けたら行きます」とかあいまいな返事をして、
周りの出席状況を見ながら考える。
やるよね?w
で、ギリギリまで迷ったけど、結局断れずに出席。
うまく会話に入れずなんかずっと居心地が悪い。
早く終わってくれないかなーと思いながら過ごして、
1次会でそそくさと退散。
「あー、疲れた。やっぱ行くんじゃなかった」と後悔する。
これって誰かをしあわせにしてますかね?
しぶしぶ送別される上司も、
ギリギリまで返事がもらえない同僚も、
気を使って疲れてる自分も。
なんかいいことありますかね?
他人軸というのは、
一見すると他人に調和しているようだけれども、
「人に嫌われたくない」「非常識な人間と思われたくない」という自分の「怖れ」で選ぶ言動ですから、
正直、相手のことなんて考えちゃいないわけですよね。
他人軸って、調和とは真逆の「自分勝手」なんです。
自分勝手なうえ、自分も不幸って、なんなん。
続いて、自分軸について考えてみましょう。
「飲み会に行きたくない」という自分の気持ちに正直になって、
「行きたくないので行きません」と即座に返事をする。
これが自分軸の正解でしょうか?
たまに、「仕事とプライベートは完全に割り切る」なんて肩で風切ってる人もいますが、
周りからみると、だいぶ協調性のない人に見えますよね。
ひとりで生きているのなら、それでいいのでしょうけれど、
組織の中で、周りと協力しながら生きるのであれば、
ある程度の協調性って必要なんじゃないかなと思うわけです。
先ほどの断れないのが、
「自分勝手な他人軸」だとしたら、
こちらは、
「自分勝手な自分軸」なのではないでしょうか?
わたしが考える、「本当の自分軸」というのは、
「他人を慮れる自分軸」です。
「他人を慮れる」というのは、
無理して人に合わせることではなくて、
周りの人の気持ちを思いやれる姿勢のことです。
「飲み会はたしかに苦手だけど、
上司に感謝の気持ちを伝えたいから、今回は出席してみよう。」
って参加してもいいし、
「誘ってくれてありがとう。
でも飲み会あんまり得意じゃないから、上司に直接お礼を伝えるね。」
って断ってもいい。
どちらを選ぶにせよ、
自分の本音も大事にしつつ、
受け取る側の気持ちを考えて、
できるだけ不快にさせない言動を選択するということです。
(もちろん意図せず不快にさせてしまうことはあるけれど。)
そして、ここが大事。
「自分軸」というのは、
あくまで「軸」、自分の内側の話です。
「飲み会に行くか行かないか」という表面的な言動のことではなくて、
「自分はどうしたいか」「自分は本当はどう思っているか」を、
自分の内側で理解できているかどうかです。
「行くべき」「感謝しなければ」
こういう「べきねば思考」ではなく、
「行きたくない」「感謝している」
という、自分の内側から湧き上がる本音に、
自分自身でちゃんと気づけているかどうかです。
「他人を慮れる」と「自分軸」。
このふたつが組み合わされると、
自分の気持ちは内側でちゃんと理解しつつも、
人をできるだけ不快にさせない言動を選択できる。
自分への「愛」と、他人への「愛」が成立している。
本当の自分軸の選択は、「怖れ」ではなく「愛」なんです。
だから、
「自分軸なんかで生きたら、人に迷惑がかかるじゃん」
という心配は無用で、
自分軸で生きてこそ、人にやさしくなれるんです。
ひとりひとりが自分軸で生きられるようになれば、
お互いを尊重しつつ調和した、
争いごとの起こらない世界につながっていくんじゃないかなって思っています。
