生きづらさを手放して自分と仲良く生きていく

「思い込みかも」で癒しを躊躇しているあなたへ ~知覚は、事実よりも大切~

  
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「思い込みかも」で癒しを躊躇しているあなたへ ~知覚は、事実よりも大切~

ICCM Newsletter – by Yoko Mori
Letters on Inner Child Care Method®

この記事について

※この記事はメールマガジン「インナーチャイルドケア通信」で配信した内容を掲載したものです。
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クライアントさんに、子どもの頃の話をうかがうとき、

こんな枕詞をたくさん使う人がいます。

「わたしの思い込みかもしれないんですけど、」

「たぶん気のせいだと思うんですけど、」

子どもの頃に、自分が周りのおとなやきょうだいに対して抱いていた不満や怖れが、

事実ではなく、自分のひねくれた考えで作り出してしまっていたものなんじゃないかと思っているわけです。

たとえば、

「わたしの思い込みかもしれないんですけど、母はずっと兄のことをひいきしいているように感じていて。」

「たぶん気のせいだと思うんですけど、きょうだいの中でわたしがいちばん厄介な子扱いされているように感じていて。」

のような感じです。

そう言いたくなるお気持ちは、とってもよくわかります。

わたしも、ずっと思ってました。

わたし以外のきょうだいは、あまり親への不満を言ったりしなかったものですから、

ずっと、自分の感覚がまちがっていて、自分だけがゆがんだひがみ根性で、

いつまで経っても素直になれないダメな娘なんだと思っていました。

人の知覚は、事実よりも大切だ

でも、人間性心理学の父と呼ばれるカール・ロジャーズは、
著書の中でこう書いています。

「有機体(個人)は、経験し知覚したままの場に反応する。この知覚的な場は、その個人にとって『現実』である。」(拙訳)

そして、現代のトラウマ・セラピーでも、同じ視点が受け継がれています。

臨床家のデブ・デイナは、著書の中でこう書いています。

「トラウマ・セラピーの訓練を受けたセラピストは、トラウマ・セラピーにおいては、
『人の知覚は、事実よりも重要だ』ということを十分理解しています。」

つまり、心の世界では、法律のように、
「事実がどうだったか」で裁かれないということです。

「わたしはこう感じた」ということを大事にして、
たとえそれが事実とちがくても、傷ついた自分を認めていいし、癒しを躊躇しなくていい。

わたしがこんなにも心のことに惹きつけられるのは、
きっと、この考えに心底救われたからなんです。

誤解のないように言い添えるならば、あなたがイヤな思いをしたのなら、
ぜったいに相手が悪い、ということではありません。

たとえどちらに非があろうとも、
あなたがイヤだと感じたならば、イヤだと感じていいということです。

大事なのは、子どもがどう感じたか

想像してみてください。

子どもの頃のあなたが、
お友だちとケンカをして家に帰ってお母さんに訴えたら、

「本当にそんなこと言われたの?」

「あなたは本当に何もしてないの?」

なんて事実確認ばかりされたらイヤでしょう。

まずは、ギュッと抱きしめて、
「悔しかったね。怖かったね。」
って言ってもらえたら、どれだけ救われるでしょうか。

癒しというのは、そういうことです。

インナーチャイルドケアもそれと同じ。

嫌なことがあったとき、あなたまでもが自分の感情や感覚を疑ってしまえば、
インナーチャイルドを余計に傷つけてしまうのです。

わたしは、クライアントさんたちに繰り返しこう伝えています。

「大事なのは目の前のできごとではなくて、インナーチャイルドがどう感じたかです」
と。

自分の感情や感覚に注意深く意識を向けて、
ひとつも否定せずに共感していく。

そこでしか真の癒しは得られないと思っています。

だから、自分が感じた怖れや不満を、
「思い込みかもしれない」「気のせいかもしれない」と疑って、
癒すことにためらっている人にお伝えしたい。

「わたしはこう感じた」ということを大事にして、
それがたとえ事実とちがくても、傷ついた自分を認めていいし、癒しを躊躇しなくていいんです。

今日のまとめ

・心を癒すとき、人の知覚は事実よりも大切。

・たとえ事実がどうであれ、「わたしはこう感じた」ということを大事にして、傷ついた自分を認めていい

・大事なのは、子どもがどう感じたか。あなたの中のインナーチャイルドの感情・感覚をそのまま受け止めて癒そう。