人はなぜ悪口を言うのか ~悪口を言う人の心理について考えてみた~
ICCM Newsletter – by Yoko Mori
Letters on Inner Child Care Method®
この記事について
※この記事はメールマガジン「インナーチャイルドケア通信」で配信した内容を掲載したものです。
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人はなぜ悪口を言うのか
講座を受講してくださっているお客さまから、こんなご質問をいただきました。
「人はなぜ悪口を言うのでしょう。
私は単純に相手が羨ましいから?自分に自信がないから。
自分には敵わないと思ってしまうから。などと考えますが、
森さんはどの様に思っていますでしょうか?」
超直球、シンプルなご質問です。
(※ご本人に掲載許可を得ています。)
わたしは、こういう本質的な話が大好きすぎるので、
ご質問をいただくと、本当にワクワクしちゃいます。(変態w)
みなさんは、人はなぜ悪口を言うのだと思いますか?
ぜひ一緒に考えていただければと思います。
「悪く思う」と「悪口を言う」
まず、切り分けておきたいのは、
・悪く思う
のと、
・悪口を言う
のは、別だということ。
「悪く思う」のは、
心の中で、「あの人はしたたかだ」「あの人は見栄っ張りだ」のように、相手に対して、非難・批判をすること。
「悪く言う」のは、
第三者に対して、「あの人はしたたかだ」「あの人は見栄っ張りだ」 のように、相手の悪いところを伝えること。いわゆる陰口です。
直接相手に言うのも「悪口」に入るかもしれませんが、この記事では説明がややこしくなるので省きます。
「悪く思う」心理
先に、「悪く思う」について。
人を悪く思う理由はいろいろあります。
もちろん、相手に非があって、正当な理由で悪く思うこともありますが、
その根っこには、自分にとって大切な何かを脅かされる「怖れ」があるというのが、わたしの考えです。
前回のメルマガでお話した、
「自分の認めたくない部分を相手に映し出す心の作用(投影)」
はそのひとつですね。
自分の悪い部分を認めてしまうと、存在価値が揺らぎそうで怖いので、
「これはわたしではなく、あの人の問題だ」と考えることで、
自分を守ろうとするのです。
あと、ご質問者さんがおっしゃっているのもそのとおり。
- 相手が羨ましい
- 自分に自信がない
- 自分には敵わないと思ってしまう
人は、自分にないものを持っている人に対して、
自分の価値が揺らぐような怖れを感じやすいので、
「たまたま運が良かっただけだ」「たいした努力もしていないくせに」などと、悪く思いたくなるものです。
いずれにしても、人が人を「悪く思う」のは、
自分にとって大切な何かを脅かされる「怖れ」 があるからだと考えます。
インナーチャイルドが癒されてくると、
自分で自分を認められるように変化していきますから、
不必要な怖れに振り回されなくなり、
自分を守るために相手を悪く思うことも、少しずつなくなっていきます。
「悪口を言う」心理
そして、今日の本題。
「悪く言う」ことについて。
自分が相手を悪く思う気持ちを、
自分の中だけで留めておかずに、他の人に知らせたくなる心理。
ここにもいろいろな目的がありそうですが、
わたしは、その中でも以下のふたつの目的が大きいと思っています。
ひとつめ。
自分を肯定してほしい。
自分の立場や意見に自信がないとき、
他の人に肯定してもらうことで、安心感を得ようとします。
これは一見すると、他者に裁判官のように中立的な立場で見てもらおうとしているようでいて、
内心では、弁護士のように全面的に自分の味方についてほしいと考えていることがほとんどです。
「これっておかしいですよね?」
「わたし悪くないですよね?」
と言うのは、質問のようでいて、確認ですよね?
わたしもお客さまからよく言われますw
ふたつめ。
他者と結託したい。
思春期に女子の人間関係に悩んだことがある人は、
きっとお心当たりがあるはずです。
「ねえねえ、○○ちゃん最近ちょっと調子に乗ってない?」
「わかるー!」
これです。
誰かを悪く思う気持ちを他者と共有することで、
共有した相手と結託し、安心感を得ることが目的です。
おとなになっても、このやり方を続けている人は、本当に多いです。
自分で自分を信じていないから、
自分が悪者になったり、群れから外されたりすることを怖れて、「悪口を言う」わけです。
そして、結局のところ、
「悪く思う」も「悪口を言う」も、
どんな目的があったとしても、
根っこはやはり「怖れ」なのでしょう。
悪口の奥に隠れているもの
というわけで、
悪口を言う人は、
一見すると気が強くて自分に自信がありそうに見えますが、
本当は、ものすっごくインナーチャイルドが傷ついていて、弱い人だったりします。
自分の存在価値を、自分だけでは認められずに、
誰かに肯定してもらったり、味方になってもらったりしなければ、安心できない。
悪口の奥には、そんなインナーチャイルドの心細さが隠れているのです。
悪口のない世界を生きる
・・・
とかえらそうに言っておきながら、
生きづらかったときのわたしは、ぜんぶやってました。
「怖れ」にどっぷりつかっていたので、
人を悪く思うだけでは収まらず、
他の人に愚痴ったり、人の悪口に便乗したり、めっちゃやってました。(懺悔)
今思い返してみると、悪口を言っていたときの自分は、
自分が怖れているだなんてちっとも気づけていなくて、
「本当にあいつが悪者で、ろくでもないやつだから、非難する権利がある」くらいに思ってました。
そして、同じように怖れを抱える仲間と共闘して、悪口で結託していました。
あの頃のわたしは、それくらい自分に自信がなくて、怖がりで、
誰かに味方になってもらわなければ、自分を保てなかったんだと思います。
そんなわけで、
わたしは、もう一生分の悪口を言い尽くしました。
だから、残りの人生は、悪口を言わずに生きていきたいし、
悪口を言わない人たちと「怖れ」ではなく、「愛」でつながっていきたいです。
そんな世界に、あなたも一緒に行きませんか?
今日のまとめ
・人が悪く思う根底には、自分にとって大切な何かを脅かされる「怖れ」がある。
・悪口を言うのも「怖れ」。自分に自信がないため、誰かに肯定してもらいたかったり、誰かと結託したくなったりするから、悪口を言う。
・悪口の奥には、傷ついたインナーチャイルドの心細さが隠れている。