生きづらさを手放して自分と仲良く生きていく

どんなに愛されても、人は傷つく、傷つける

    
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どんなに愛されても、人は傷つく、傷つける

ICCM Newsletter – by Yoko Mori
Letters on Inner Child Care Method®

この記事について

※この記事はメールマガジン「インナーチャイルドケア通信」で配信した内容を掲載したものです。
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前回のメルマガで、

子どもの心は思っているより簡単に傷つく、

というお話をしましたね。

そうすると、

「わたしはどうしたら傷つかずにいられたのか」
という疑問が浮かぶかもしれません。

今、子育てをしている方なら、

「どうしたら、この子に傷を負わせずにいられるのか」
になるかもしれません。

ここは、すっごく難しい話でして、
わたしも明確な回答を持ち合わせていないんです。

何に傷つくかはわからない

同じできごとであっても、

  • 受け取る子どもの先天的な気質や特性
  • それまでの親子の信頼関係
  • その子が置かれている状況

いろんな要素が組み合わさって、そのときのその子に届くので、
同じ言動であっても、まったくちがう意味になることがあるからです。

たとえば、

「あなたは優しい子ね」
「あなたは賢いね」

というほめ言葉。

言った親は、まさか傷つけるつもりはないわけです。

でも、受け取る子どもの側からしたら、

「いつも優しい子でいなきゃいけない」
「いつも賢くなくてはいけない」

と無理やがまんをしてしまい、
気づかないうちに、心の負担になっているかもしれません。

だから、明らかな暴力や育児放棄を除いては、

「これを言ったら傷になります」
「こういう態度をとったら虐待です」

というはっきりとした線引きができないんです。

子育てというのは、
家電を取り扱っているわけじゃありませんから、

ここのボタンを押したらこう動くみたいな一律のルールはなくて、

目の前の子どもをよくよく見つめて、
そのときのその子にあった寄り添い方を都度都度考えていかなきゃいけない。

本当の本当に、難しいことなんです。

親は傷つけ、子は傷つく

無傷で育てるなんて、まずムリ。

少なくともわたしは「無傷な人」にお目にかかったことがありません。

たまに、

「わたしは親みたいな子育てはしなかった」とか、
「子どもとめっちゃ仲良しです」と誇らしげに言う人がいますが、

そういう人こそ、子どもの傷に気づけていない可能性大だなって思っちゃいます。

一見すると仲のいい親子だけど、
娘さんはしっかり傷ついていて、お母さんはそのことに気づけていないというケースを、
わたしは、いやというほど見ています。

どんなに気を付けていても、傷つけているんです。
どんなに愛されていても、傷ついているんです。

あなたのご両親が満足そうに、「ちゃんと育てた」って言ったって、
あなたはちゃんと傷ついている。

あなたがいくら「いい親でいよう」とがんばったって、
知らずに我が子を傷つけている。

誰がいいとか悪いとかじゃなくて、

わたしたちは、みんな傷つきながらおとなになるし、
誰かを傷つけながら生きてるんです。

だからこそ、自分の心の傷をちゃんと認めて、
自分で癒す責任を持つ。

それがわたしたちおとなにできることなんだと思います。

今日のまとめ

・傷つく・傷つけるは、出来事と一対一で決まらない

・「ほめる」ことさえ、条件付きの愛として傷になりうる

・無傷で育てることは、まずムリ。みんな傷ついているし、みんな傷つけている

・誰かのせいにしても答えは出ない。自分の心の傷を認めて、自分で癒す責任を持つ