思っているより、傷ついている 〜「虐待」の定義が教えてくれること〜
ICCM Newsletter – by Yoko Mori
Letters on Inner Child Care Method®
この記事について
※この記事はメールマガジン「インナーチャイルドケア通信」で配信した内容を掲載したものです。
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わたしの講座を受けてくださる方の多くが、
「親から虐待を受けた記憶はない」とおっしゃいます。
でも、じっくりお話を聞いていると、
「それはけっこうすれすれラインだなあ」
と思うケースも少なくありません。
「虐待」の定義を確認しよう
先に「虐待」の定義を確認しましょう。
国が定める「児童虐待」には、以下の4種類があります。
- 身体的虐待
- 性的虐待
- ネグレクト(保護の怠慢)
- 心理的虐待
①~③はおよそ想像がつくのではないかと思います。
わかりづらいのは④ですね。
④の心理的虐待は、
「言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:DV)、きょうだいに虐待行為を行う など」
と定義されています。
つまり、
①~③のような、直接的かつわかりやすい暴力やネグレクトがなかったとしても、
子どもに心的外傷(トラウマ)を与える言動は「虐待」にあたるわけです。
「しつけ」と「虐待」のちがい
さらに、
文科省が学校・教育委員会等に向けて作成している手引きには、
「しつけ」と「虐待」のちがいについて次のように説明されています。
何をしたら誉められ、何をしたら罰せられるのか、
子どもにも理解し、予測できるのが「しつけ」。
大人の気分や、理解しがたい理由で罰せられるのが「虐待」。
これを額面通り受け取れば、
・いつ怒り出すかわからない
・なんで怒られているのかわからない
こういう経験も、虐待の範疇となるわけです。
さあどうでしょう?
思っていたより範囲が広いと感じた方も多いのではないでしょうか。
ちなみに、
こんなことを言ったら叱られそうですが、
わたしはこの説明にもまだ「?」と思っています。
特にここ、
何をしたら誉められ、何をしたら罰せられるのか、
子どもにも理解し、予測できるのが「しつけ」。
「いやいやいくら予測できたって、
そもそもの親の偏った判断基準で賞罰を与えてたらダメじゃない?」って思ってます。
子どもって、本当に簡単に傷つく
今回このトピックをとりあげたのは、
あなたのされてきたことが、
虐待だったかどうかをジャッジしてくださいという話ではありません。
言いたいのは、
国の定義でさえ、ここまで広い範囲を指しているくらいですから、
「子どもって、本当に簡単に傷つくんだよ」
ということです。
定義に当てはまるから傷がある、
当てはまらないから傷はない、
なんて、そんな話じゃありません。
正直に言ったらわたしだって、
子どもを自分の気分で叱ったことあります。
「子どもが予測できない」という意味で見れば、
これだって十分傷になりうるんです。
きっと一度も気分で叱ったことがない親なんて、
そうそういないのではないでしょうか。
そう考えてみれば、
わたしたちはみんな、多かれ少なかれ傷ついているわけです。
自分の傷を小さく見積もらないで
だからあなたも、
子どもの頃の心の傷を、他人事だと思わないでほしいのです。
「うちはそこまでひどくなかった」
「もっとつらい人はたくさんいる」
「どこの家庭にもあることだ」
そんなふうに自分の傷を小さく見積もってしまうと、
インナーチャイルドの声にはなかなか気づけません。
そりゃ、育ててくれた親に申し訳ない気持ちになるかもしれません。
でも、
「あなたが傷ついていること」と
「親が悪いこと」は
必ずしもイコールではないんです。
わたしたちがそうであるように、
親世代もまた、傷ついた人たちです。
その中で負の連鎖が起きるのは、
避けて通れないことなんだと思うのです。
連鎖を止めるために、自分の心のケアを
だからこそ。
わたしたちは、できる限りその連鎖を抑えるために、
自分の心のケアに責任を持ちましょう。
自分の心の傷の存在を認めて、自分で癒す。
みんながその選択をすれば、
子どもが傷つかなくていい世界を作れるはずです。
今日のまとめ
・心理的虐待には「言葉による脅し・無視・きょうだい差別・DV目撃」なども含まれる
・「大人の気分で罰せられる」経験も、定義上は虐待の範疇にあたる
・定義に当てはまるかどうかに関わらず、子どもは本当に簡単に傷つくもの
・自分の心の傷を無視しない。「傷ついていること」と「親が悪いこと」はイコールではない
・連鎖を止めるために、自分の心のケアに責任を持とう


