良かれと思ってが相手の良いとは限らない 〜「よかれフィルター」の危険性〜
ICCM Newsletter – by Yoko Mori
Letters on Inner Child Care Method®
この記事について
※この記事はメールマガジン「インナーチャイルドケア通信」で配信した内容を掲載したものです。
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そうか、あの一流でさえ
きのう林修先生の番組に、
Mr. Childrenの桜井さんが出演していたのを観ました。
みなさんご覧になりましたか?
対談形式のインタビューで、いろんなお話をされていたのですが、
その中ですごくおもしろかったのが、
かの名曲innocent worldのサビを、ライブで毎回お客さんに歌ってもらうという話。
あるときには、1番のはじめからまるまるお客さんにゆだねたことがあったそうで、
桜井さん曰く、「みんな歌いたいもんだと思ってた」とのこと。
でもあとから「いや、桜井の歌うinnocent worldが聞きたいよ」っていう声があることに気づいたらしい。
お客さん側からしたら、そりゃそうなんですよね。
チケット争奪戦を勝ち抜いてパフォーマンスを観に行くのですから、
そりゃ生歌聞きたいよね、なんですが、
でも、桜井さんは、
せっかく集まってくれたみんなに一体感を楽しんでほしいっていう思いから、
客席にマイクを向けてた。
あんなに第一線で活躍し続けている人でも、
こういうことあるんだなあって、なんかちょっとほっこりしました。
みなさんの声が貴重です
規模がちがいすぎて恐縮なんですが、
わたしも仕事をしていて、
こういう勘違いをしていることってよくあります。
「きっとこんなことを求めてくださっているはず」と思ってやっていることが、
お客さまからすると、「いやいや、そっちじゃないんですよ」みたいなこと。
もしかしたらこのメルマガも、
みなさんが求めてくださっているものとは、少しずれたものを届けてしまっているかもしれないなと思ったりします。
だから、みなさんからいただけるご意見が、本当に貴重なんです。
講座やセッションで直接お話しできるときには、
ぜひ「こういうのやってよ」と言っていただけるとありがたいです。
こじんまりとやってる分、機動力はありますから、
ちゃんとブラッシュアップして、
必要なものを必要なところにお届けしていきたいと思っています。
「よかれフィルター」の危険
とまあ、こういう話は、仕事に関わらず、
日常のありとあらゆるところに転がっていますね。
こちら側は「相手のために」と思ってやっていることが、
実は相手の求めているものと全然ずれているとか、
逆に、相手が「あなたのためを思って」としてくれていることが、
自分にとってはちょっと重たかったり。
厄介なことに、やっている側は善意だから、
自分ではなかなか気づけないんですよね。
自分の「よかれフィルター」を外して、
受け手の世界を想像する柔軟性ってめちゃ大事。
周りからのちょっとした意見やアドバイスを、
「そういう見方もあるのかも」と受け止める柔軟性ってめっちゃ大事。
どうしても年齢やキャリアを重ねるごとに、
「よかれフィルター」は外れにくくなってしまうから、
「わたしは今、自分の思い込みで動いていないか?」と、
少し引いてメタ認知することを忘れずにいたいなと思いました。
余談ですが、
わたしは、innocent worldのイントロを聞くと、
高校生の時にバイトしてたコンビニのことを思い出します。
今日のまとめ
・「相手のために」と思ってやっていることが、実は相手の求めているものとずれていることがある
・やっている側は善意だからこそ、自分の「よかれフィルター」に気づきにくい
・年齢やキャリアを重ねるほど、「よかれフィルター」は外れにくくなる。メタ認知することが大事


