わたしといても楽しくないに決まってる
ICCM Newsletter – by Yoko Mori
Letters on Inner Child Care Method®
この記事について
※この記事はメールマガジン「インナーチャイルドケア通信」で配信した内容を掲載したものです。
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わたしのお客さまからよく聞くお悩みのひとつが、
「人は自分といても楽しくないんじゃないかと思ってしまう」ということです。
- わたしに誘われたら迷惑じゃないか。
- 飲み会で隣の席になったら嫌なんじゃないか。
- 興味を持ってもらえる話題が思いつかない。
- わたしの話のターンになると周りが静まり返る感じがする。
こんなことをぐるぐる考えてしまって、人とかかわるのが億劫になる。
ひとりでいる方が楽と思ってしまう。
でも、やっぱりさみしい。
コミュニケーション力では解決しない
こういうお悩みの解決方法は、
「コミュニケーション力」を身に着けることだと、多くの人が思っています。
- 普段から話題をストックしておく。
- 笑顔で話すことを意識する。
- 相手の話に興味を持ち、質問をたくさんする。
もちろん、コミュニケーション力を磨くのも悪くはないのですが、
それだけだと、気を遣い続けて疲弊します。
無理して疲れることをやっても長続きしません。
その結果、ますます人に会うのが面倒になるという悪循環に陥りがちです。
土台となる「必要とされている感覚」
わたしが、こういうご相談を受けたとき、
まっさきに注目するのが、その方の幼少期です。
おとなになって、このような悩みを抱える人の多くは、
子どもの頃に、
- 「自分はいてもいなくてもいいんじゃないか」とか、
- 「お母さんは自分以外のきょうだいの方が大事なんじゃないか」とか、
そういう感覚を持っています。
子どもの頃に家族の中で、
「必要とされ尊重されている感覚」が薄いと、
おとなになってからの人付き合いでも、同じように感じやすくなります。
コミュニケーション力というのはあくまで、
「必要とされ尊重されている感覚」という土台の上に乗っかって
はじめてその力を発揮するものなので、
土台のないところに知識だけ学んで乗っけても、すぐに崩れてしまいます。
そういうことなんです。
インナーチャイルドの傷と向き合う
このお悩みを根本から解決するためには、
やっぱり傷ついたインナーチャイルドを癒すことからはじめなくてはなりません。
子どもの頃に、
家の中で感じていた、チクチクとした胸の痛み。
きっとあなたの心にトゲのように刺さったままです。
あの頃の痛みを無視したままでは、
「自分といても楽しくないんじゃないか」という思いは消えてなくならないんです。
そろそろテクニックだけでごまかすのはやめて、
ちゃんと自分と向き合うタイミングなのかもしれませんよ。
今日のまとめ
・「自分といても楽しくない」という悩みは、コミュニケーション力だけでは解決しない
・問題の根底は、子どもの頃の「必要とされ尊重されている感覚」の欠如にある
・テクニックではなく、傷ついたインナーチャイルドを癒すことから始める必要がある


